ビデオ | 一瞬のホンジュラス

ジャスミンとマルタ婆さん2012

2012年1月、再びジャスミンとマルタ婆さんの家を訪ねました。相変わらずの暮らしぶりでしたが二人ともとても元気でした。昨年間貸ししていた一家は去り、再び元の広さの家で暮らしていました。マルタ婆さんは一段と歳をとったように見えました。一方でジャスミンはまたひと回り成長し、てきぱきと家の掃除などをこなしてマルタ婆さんを支えていました。以前のジャスミンにくらべたらずいぶんと頼もしくなりました。しかし同時に以前よりはっきりと自身の置かれた現実を理解しているようで、その明るい表情の中に見え隠れする暗い影が心に刺さりました。
ホンジュラスには手の付けようない貧困があふれかえっています。焼石に水とは分かっていても、ジャスミンの学費をわずかながら援助して、今年も彼女たちの家を後にしました。

ジャスミンとマルタ婆さん2011

今年も訪ねたジャスミンとマルタ婆さんの家。ジャスミンは9歳、マルタ婆さんは73歳。ジャスミンはまたひと回り成長し、マルタ婆さんはサラを失ってからだいぶ老けました。今年から家の半分を別の一家に貸し出して生活費に充てているため、二人の居住スペースは畳8畳分ほどの細長い空間だけになってしまいました。ジャスミンはもはや出口のない自分たちの現実を分かっているかのようでした。どこか虚ろになったその眼差しが心に突き刺さりました。

悲しみのジャスミンとマルタ婆さん

2010年5月に再びサラとジャスミンの家を訪ねた時、姉サラの姿はもうそこにはありませんでした。長年失踪していた彼女たちの母親が突然現れ、サラを連れ去ったのです。恐らくある程度の年齢に達した自分の娘を労働力として使うためと思われます(サラは12歳でした)。ホンジュラスの貧しい少女たちは小間使いとして、更には人身売買や児童買春を目的として連れ去られるケースが後を絶ちません。姉妹をずっと一人で育てて来たマルタ婆さんと、明るくて頼りになる姉を失ったジャスミンの悲嘆は目に余るものでした。あの明るかった彼女たちの家はまるで火が消えたかのように暗く沈み込んでいました。それはホンジュラスを覆う貧困のひとつの現実の姿です。

カリブ海だ! その2

2010年5月のホンジュラスへのフライト。例年の12月のフライトに比べてカリブ海の色が驚くほど鮮やかでした。現地の夏にあたるこの時期、そのエメラルドグリーンの色彩は思わず息をのむほどの美しさです。下に見えるのはメキシコのユカタン半島。遠く日本を離れ、遥かな赤道上空までやって来たことを実感する瞬間です。

サラとジャスミン2009

今年も訪ねたサラとジャスミンの家。暮らしぶりは相変わらずで底抜けの明るさも変わりませんでした。はにかみ屋だった妹のジャスミンは成長してずいぶんしゃべるようになりました。日本の友達が贈ってくれたハートのペンダントの美しさに驚いていました。クリスマスの夜に着けようと二人で楽しそうに相談していました。この先この二人はどうなって行くのだろう…。そんな心配がよぎる成長ぶりでした。

ホンジュラスへの着陸

ホンジュラスの主要都市サンペドロスーラの国際空港への着陸風景。常夏の国ホンジュラスは一年中枯れない常緑樹の豊かな緑に覆われています。下に見えるのは広大なバナナプランテーション。ホンジュラスを支える主要産業のひとつです。

サンタ・ロサ・デ・コパン市の街並み

サンタ・ロサ・デ・コパン市はホンジュラス西部に位置する地方都市で、四方を緑深い山々に囲まれた自然環境豊かな土地に開けています。交通の便もよくホンジュラス国内でも最も美しい街のひとつと言われています。中心街を一歩離れると実に静かでのんびりとした田舎の風景が広がります。またいくつもの学校や大学が開校している学園都市でもあり、メインストリートにはいつも多くの若者たちが闊歩し活気に満ち溢れています。

オコテペケ市の風景

私が活動の拠点にしているオコテペケ市はホンジュラス西部の辺境に位置する街で、グアテマラとエル・サルバドルの国境に面した田舎町です。周囲を高い山々に囲まれた盆地に開けていて常に気温が高く、1年中真夏のような気候が続きます。人口は少なく人々は素朴で、実にのんびりとした南国の田舎町です。

ホンジュラスの乳幼児保護センター

ホンジュラス、オコテペケ市の施設「聖母の家」の乳幼児保護センターです。ここでは貧困による栄養失調や障害など、両親が養育困難な乳幼児たちを一時的に預かり回復するまで養育します。やがて親もとに帰すときには両親にも必要な知識の教育と経済的支援が施され、その後の定期訪問でフォローされます。その全ての支援は無償で提供されています。

ホンジュラスのお年寄り保護センター

ホンジュラス、オコテペケ市の施設「聖母の家」のお年寄り保護センターです。ここには身寄りの全く無い貧しいお年寄り28名が保護されています。シスターたちは彼らと共に生活し、その生涯の最後まで面倒を見て行きます。

サラとジャスミン2008 その2

サラとジャスミンの食卓。食べているのはエンパナーダというホンジュラスの主食のひとつ。薄焼きとうもろこしパンにチーズをはさんで焼いた食べものです。ホンジュラスの貧しい家庭の子供たちの食事風景です。

サラとジャスミン2008 その1

1年ぶりに訪ねたサラとジャスミンの家。貧しい暮らしぶりは変わりませんでしたが、2人とも成長して少し大きくなっていました。日本の私の友人が彼女たちのために用意してくれたかわいい髪飾りを届けると、2人ともとても喜んでいつまでも眺めていました。

ホンジュラスの洗濯

ホンジュラスの一般的な洗濯風景です。汲み置きした水を使って石だらいの上でゴシゴシ!どの家庭にもこの様な洗濯場があって、みな朝早くから洗濯を始めます。けっこう体力要りますよ!

だいたいいつもこんな感じ 3

昨日も今日も明日も、ホンジュラスの孤児院の子供たちは毎日こんな感じではしゃぎ回ります。一緒に遊び始めたらさぁ大変!あっという間に振り回されてヘロヘロにされてしまいます!

だいたいいつもこんな感じ 2

ホンジュラスの孤児院の子供たちは底抜けに元気です!毎日朝から晩まで疲れ知らずではしゃぎ回っています!

だいたいいつもこんな感じ 1

ホンジュラスの孤児院の子供たちはだいたいいつもこんな感じです。もう手が付けられないほど元気でおてんば!自分達の部屋に作ったクリスマスの飾りがうれしくてしょうがありません!

お楽しみ袋を買ってぇ〜!

クリスマスシーズンになるとホンジュラスの孤児院の子供たちは様々な手作りの品を孤児院の玄関先で売りに出します。彼女たちにとっては大事な社会勉強のひとつです。今日の商品は手編みの袋にチョコやキャンディーを入れたお楽しみ袋。ひと袋約3〜400円。さぁ売れるかなぁ!

日本語 !?

2005年の建築支援計画で建てられた家に住めるようになった元ストリートチルドレンの兄弟姉妹。路上生活当時に比べてずいぶん垢抜けて元気になりました。日本の人々に挨拶するよう命じているのですがご覧の通りです…。長女のグラシエーラ(右端の赤い服)はしっかりしていて、ちゃんとした挨拶を述べています。基本的にホンジュラスの子供たちは皆このように明るく陽気です!

サラとジャスミン2007 その2

サラとジャスミン、そして彼女たちの祖母マルタ婆さんが暮らしている家です。母親は2人を捨てて失踪。父親は所在不明。年老いたマルタ婆さんがひとりで彼女たちを育てています。ホンジュラスの典型的な貧しい家庭の生活風景です。マルタ婆さんが作っているのはホンジュラスの主食トルティーヤ(とうもろこしパン)。これを1枚5円くらいで売って生計を立てています。サラとジャスミンは支援計画の建築現場に通ってくる私を見つけると、いつもヤシの木に登りその実を採って飲ませてくれました。

サラとジャスミン2007 その1

2人の名前はサラとジャスミン。2005年と2006年の建築支援計画の作業現場近くに祖母と3人で暮らしていたので私たちは仲良くなりました。とても貧しい生活をしていますが愛嬌いっぱいの2人で、私の大事なホンジュラスの友人です。

カリブ海だ!

米国からホンジュラスへ向かう飛行は途中カリブ海の上空を通過します。この海域に達すると海の色はブルーから鮮やかなエメラルドグリーンに変わります。下に見える陸地はメキシコ・ユカタン半島。さぁいよいよホンジュラス近しです!